「私がここ田子に和の郷をどうしても作りたかった!!」
 
 
 私は青森県田子町に生まれ、田子町で育ちました
 
子どもの時から本当にやんちゃな子どもで、

学校から帰ると、山にサワガニ取りに行ったり

長寿のキノコがあると聞くと木に登ったり、

メンコや釘差しなどで遊んだものです
 

■都会へ行きたい


学生の頃は田舎が大嫌いで、絶対に都会に行く!と決めていて

美容師をめざし、東京へ行ったものの2年過ぎ

父がある日、車で迎えに来ました。

『帰るぞ=』と無理やり帰ることとになったのです。


実家はお料理を出す仕出し業(法事や結婚式などにお料理を出す)

の手伝いです。


母が作った料理は評判が良いものでした。

50年口コミで続いた料理ですが辞めることとなりました。




 
 ある時、母が田子にんにくが入った味噌を

田子にんにくを入れたおみやげを作る試案をしていました。

地元の野菜をいっぱい入れお酒やみりんや

たくさんの麹を入れていました。

今考えるとどうしたらこの配分になったか聞けばよかった=

と思うばかりです。

あるときに東京で暮らす親戚から


『おみやげにほしいんだってさ・・』といってたくさん作っていました。

それが、



【あいこ味噌ができました!!】


 昭和6年生まれの母が70歳を過ぎたころです。


『そうだ、この味噌をインターネットで販売できないかな?』


 『・・・通販をやってみようかな!』


 『母が元気になるかも==』








 
『ただいまー』と帰ってきた時の、我が家の匂い

忙しく働く母のうしろ姿

台所から運ばれる温かくて美味しそうなご飯の香り

時には叱ってくれて、時には可愛がってくれた

田子町のおじいさん、おばあさんの あたたかな手

山を彩る四季折々の風景…

ふと空を見上げると広がる満点の星空

昔から変わらないそのままの大自然

昔から伝わる山の料理...

煮しめや漬物・お餅…

 



 
 よいところが田子の周りにこんなにたくさんありました。

 まだまだそのまま残っているのです。

 私には当たり前の事すぎて 全然気が付けなかったのです。





あいこ味噌ができてからずいぶん時間がかかりました。

はじめての注文に涙が溢れました。

それも、関西の知らない方です。


お客さまができて、私たちの仕事があることを心底有難く感じました。

そんなありがたさを少し手書きでお礼を添えてお送りします。



私はあれだけ嫌だった田子の田舎に、
自然と人に救って貰えたのです

  

和の郷の夢と想いです



 
『和を繋ぎ かかわる人々の

物心の幸せを創造する

農村環境を守り

国の一助となる』


尊く・強く・正しく・清く




 
 



 

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